時を放浪

今の「リアル」を発信

ミャンマーの過去

2ヶ月ぶりにブログを開きました(笑)

 

最近は資格の勉強に熱が入り、パソコンを開くのを忘れていたのが現状。しかし海外でビックなニュースが報道されたため、久々にブログを書くと決めた感じ。

 

久々のブログで、文章を書くのが下手になっていないか不安だが最後までお付合いしていただけたら幸いです。

 

《 報告 》

このブログも、あと数日で開設して1年を迎えます。始めた頃の1ヶ月は夢中になって投稿し、1ヶ月で1000人の方にアクセスしていただきました。その後は特に書く事も無くのろりくらりと続けてきましたが、開設1年を直前にアクセス数が2000人を迎えようとしています。とりあえずはアクセス2000人超えを目標に書き続けたいと思っていますので是非暇な時に読んで貰えたらと思います。

 

あとヘッダーとプロフの画像も変更!

 

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かわいい後輩にお願いしたら、上手に描いてくれました。個人的には好きな描き方で気に入っているのでこの1年間はこの画像でやりきっていきたいと思います!

 今回の取り上げる内容を説明していきたいと思いますが、今回の内容は非常にタイムリーな内容です。これを機にニュースや新聞で今後の動向をチェックしてみてください。

 

早速ですが、2月1日の朝に

驚くニュースが世界を驚愕させました。

 

ミャンマー

クーデターが発生

 

私は車の運転中に助手席に座っている父親から話を聞かされ驚きましたが、この件に関しては多くの若者も驚いたのではないでしょうか?いくら若い人でも聞いたことがある民主化運動の指導者・政治家のアウンサンスーチーさんが国軍に拘束されました。5年前の選挙で大勝を収め、軍事主義から民主化に成功したミャンマーはクーデターが起き、アウンサンスーチーさんが拘束されたのか。今日はミャンマーの歴史的背景とその分岐点を探っていきます。

 

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《目次》

1、ミャンマーの歴史

(1)ビルマ連邦

(2)1962年

(3)民主主義

 

2、建国の父

 

3、クーデター

 

 

1 ミャンマーの歴史 

(1)ビルマ連邦

 ミャンマーは植民地としての歴史が色濃く残ります。イギリスが植民地領として長きに渡って占領していましたが、1948年に

 

ビルマ連邦

 

として独立する際にイギリス連邦から独立をしています。ここで国としての歴史が始まるわけですが、建国当時は内政を上手く進める事ができませんでした。

 

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  ビルマ連邦は独立の際に「議会制民主主義」の国家として発足します。「議会制民主主義」とは国民に選ばれた代表者が議会に集まり、話し合って政治を行うモノです。しかしビルマ連邦とは複数の民族が集まって出来上がった国なので、部族同士の睨み合いが発生します。どの部族も主権を握ろうと対立が深まり、内戦が絶えず、政治が安定しなかったのです。しかし、その内戦がある組織の鎮静により国家統一を実現させます。それが国軍です。国軍が内戦を収めた事により政治面でも発言権を強めていく事になりました。

 この国軍は元々イギリスからの独立を目指して創られたビルマ独立義勇軍の後身です。ビルマ独立義勇軍はアウサンスーチーさんの話で話していきますので、ここでの説明は省いて行きます。

 

(2)1962年

 国内の内戦を治め、国家統一を果たした国軍は国家運営がうまく行かない政府に対して、1962年に軍部クーデターを起こします。このクーデターにより当時の首相は退陣を余儀なくされ、これを機に軍事政権を樹立。イギリスの植民地統治により根付いていた「議会制民主主義」は民族主義が強い傾向にあるミャンマーの国軍には受けいられるモノではなかったと思います。そのためクーデターで「議会制民主主義」を完全に撤廃させて強い国を作るための舵を切ります。その舵切りに国軍が力を入れたのが

 

「経済成長」

「軍事力の強化」

 

これを目指すことによって国軍は暴走地味た政治を行っていき、貧困化などミャンマーの現代問題のきっかけにもつながっていきます。

 

 国軍は政治を掌握したのち、ネウィン将軍をトップとし軍事政権を強めていきます。議会制民主主義を安全否定したので、複数あった政党には圧力をかけ、「ビルマ社会主義計画党」の一党独裁となり、国家機関の役職には軍人や退職軍人が任命されたました。これにより長期の独裁政治が始まります。

 74年にはビルマ連邦社会主義共和国とし政治を推し進めていきます。国力強化の為に経済発展、軍事力の強化を推し進めていきますが、その為には国内の生産力を高める必要があります。そのため当時の政府は国営化が推し進められ、国民からお金を絞り取っていきます。このような強硬な政策を実施したため国内は混乱に陥り、国民の不満が溜まっていく事になります。

 

(3)民主主義

  ビルマ軍が推し進めた「ビルマ社会主義計画党」に対して多くの国民は不安を募らせていきましたが、その中でも若者たちは特に不満を募らせていきました。1988年この年はビルマにとって大きな分岐点となる年になります。民主化デモが全土で多発したのです。この抗争運動に政府は武力での制圧を行い、亡くなった方は数千人とも言われています。ここから民主化闘争は激化していき、一時は独裁政権を行使していたネウィン将軍も辞退に追い込み、民主化に一歩近づいたと思いきや、その数日後には国軍が武力行使民主化運動を弾圧するなど、泥沼な状態が長きにわたって続いていきます。

 その後1990年には軍事主義を推し進める国軍と、アウンサンスーチーさんが率いる民主化を目指す国民民主連盟とで総選挙が行われます。結果としては国民民主連盟が大勝しましたが、国軍は選挙結果を受け入れませんでした。そのため国軍は独裁を強行。アウンサンスーチーさんを自宅軟禁し政権を譲ることはしませんでした。

 しかし国民に転機が訪れます。翌年の91年にアウンサンスーちーさんがノーベル平和賞が授与されることになったのです。世界の関心は民主化運動の指導者アウンサンスーチーさんに集まりますが、自宅軟禁のためアウンサンスーチさんは舞台には出席できず国軍は世界からの非難を浴びる結果になりました。

 

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 国軍からしてみれば、世界からの非難は是が非でも止めたいもの。しかし民主化運動の指導者を自宅軟禁から解除してしまえば、国民は一層勢いづいて民主化を進められてしまう。自分たちの社会主義体制が崩され、政権もなくなってしまうと考えたのです。そのため国軍が取った行動は社会主義体制を放棄するというものでした。主義を守るレベルの話ではなく、自分たちの持っている権力を維持するようになったのです。社会主義を撤廃し、市場経済外資導入など政策を図りまますが、民主化を否定し国軍による政治を推し進めていきます。

 しかし国民の民主化デモは止まることはなく、幾度とデモを行い国軍と戦ってきました。そんな2007年に大規模なデモが勃発。このデモで国軍は国際的な非難が集中。民主化体制に拍車がかかるモノとなりました。このデモは軍によって鎮圧されますが、2011年に国軍は民政に移行すると約束。新憲法の作成し、民政が進められました。しかし新憲法の中に国軍の議席を4分の1の数を確保という規定が盛り込まれており、政権は民政へ譲渡とみれるが実質的の政権は国軍が持っていることになる。

 その新憲法を元に民政化進められ、名目上は民主主義とも捉えられるが、実質的には国軍の政治が読み取れる。その政治的歴史背景を持つミャンマーでまたも国軍によるクーデターが起きたのだ。

 憲法改正には議席の4分の3以上の可決が必要とされている。しかし4分の1を国軍が保持している以上、憲法を改正することはできない。逆を言えば、国軍向きの憲法改正を行おうとしたら武力恐喝などでいくらでも可決はできてしまう。武力という力で国民をコントロールしているのは今も変わらないのが現状だ。しかしこの武力行使は世界からの反感を買ってしまう。いざ実施したところでアメリカを初めとする欧米諸国からの経済制裁は目に見えていることだ。その中で今回のクーデーターを踏み切った国軍がどんな弁解をするのか世界から注目が集まっている。

 

2 建国の父

(1)ビルマ建国の父

 上記に記したように国軍はビルマ独立義勇軍の後進である。ビルマがまだイギリスの植民地領として存在する時代にまで遡り話していく。そもそもアウンサンスーチーさんの話でなぜ、義勇軍の話が出てくるのか。それはアウンサンスーチーの父であるアウンサンがビルマ建国の父として尊敬されているからだ。

 

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 元々アウンサンはビルマの反英組織の指導者をしていた。反英組織とは当時植民地領として統制していたイギリスに対して独立を目指す組織のことだ。アウンサンはそこで脱イギリスを目指し、1941にビルマ独立義勇軍を発足。バックには日本が支援を行い、イギリスの植民地領を奪取しようと活動をしていく。日本とアウンサンは切っても切れない関係なのだ。しかしアウンサンはそんな日本に対しても牙をむくことになる。

 翌年の1942年、太平洋戦争の開戦後に日本軍はビルマに進軍。イギリス軍と戦闘を始める。ビルマ独立義勇軍も日本軍と協力し合い戦うが、裏で抗日運動を準備していった。その3年後に反日闘争を開始して、ビルマ独立に向けて走っていった。

 同年8月日本軍が敗退をする中で、再度イギリスが植民地領のために進軍。日本軍と戦った直後にイギリスに対して抗戦したのだ。その戦いは長期化し、47年にイギリスと独立協定を結び、48年には独立宣言までこぎつける事が出来た。しかしアウンサンは独立宣言を見る前にして殺害されてしまった。

 そんなアウンサンをミャンマーの国民は「ビルマ独立の父」として尊敬され続けている。そんな父を持ち、民主化運動の指導者としてアウンサンスーチさんは国のために戦っていた。

 

3 クーデター

  今回のクーデターを話す前に、ここまでの話の流れをまとめていきたいと思います。

 

ミャンマーはイギリスの植民地領としての歴史がある。

、「建国の父」であるアウサンがイギリスの植民地支配から脱するため、ビルマ独立義勇軍を日本の支援もあり創設。その後進が現在の国軍に当たる。

、イギリスから独立をし、議会制民主主義を軸に内政を進めるが内戦が勃発。その沈静化に国軍が尽力。よって国軍に政治的力が備わる。

、1962年、内政が上手くいかない政府に対して、国軍がクーデターを実施。「ビルマ社会主義計画党」により一党独裁を樹立。軍事政権が始まる。

、1988年、軍事政権に対して国民のフラストレイションが募る。この年に国民による民政化のデモが勃発。そのデモを国軍は弾圧したが、デモは収まらず、ビルマ社会主義計画党と国民民主連盟で総選挙が行われ、国民民主連盟が大勝するも、ビルマ社会主義計画党は政権を譲ることなく、連盟のトップである民政化の指導者であるアウサンスーチーさんを自宅軟禁。より一層に軍事政権を強めていく。

、1991年、アウサンスーチーさんがノーベル平和賞の受賞を機に世界の注目がミャンマーの内政に集まる。世界からの非難もありビルマ社会主義計画党は民政化を宣言。新憲法を作成していくが中身は国軍の政権執着が見え、名目上は民政化だが実質上は国軍の政権掌握が実態であった。

 

ここまでが大まかなミャンマーの政治の歴史です。ではなぜ実質上の政権を掌握していた国軍が今回のクーデターを行う事態になったのか。ここからは最近のミャンマーの内情を踏まえて説明していきたいと思います。

 

ミャンマーには世界からの関心が高い1つの問題が存在します。

 

「 ロヒンギャ問題 」 

 

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 ロヒンギャ問題とは2017年にイスラム教徒少数民族であるロヒンギャの村を国軍が襲撃したというのが事の発端でした。なぜ襲撃をしたのかこの背景には宗教が関係しています。ミャンマーでは9割の人々が仏教を信仰していますが、西側に行くにつれてイスラム教の信仰をしている人々もいます。国軍は「イスラーム過激派が活動しているため」と言及していますが、あまりにも行き過ぎた対応に世界からは非難が集まりました。この襲撃によってロヒンギャの人々は攻撃を避けるため隣国のバングラデシュに難民として流れ込み、人数は約60万人とも言われています。この出来事は一気に国際問題として注目を集めることになり、国軍は一気に信頼と信用を失うことになりました。

 この行動には国連人権理事会の調査団が国軍系企業に金融政策を貸すように求め、国軍の資金源はなくなりました。国軍は経済面など掲げた公約で成果は上げられず、評価が下がるばかり。しかし国民民主連盟アウンサンスーチーを筆頭に力を徐々に蓄える一方で国軍からしたら本当に権限を手放す日が近くなる一方でした。

 その雰囲気が漂う中での20年の総選挙。世論では国軍が議席が減らすのではと囁かれる中で、国軍は選挙の開票直前「選挙で不正がある」と主張。しかし特に何かが起こるわけでもなく、開票されました。結果は国民民主連盟の圧勝で終わり、国軍の弱体化が進みかけたその直後に今回のクーデターが起きたのです。

 

 植民地時代、独立の声をあげた反英独立組織「ビルマ独立義勇軍」は志を持ち、独立を勝ち取ったが、民政化を目指す国民にとって本当の独立は1962年以降から進んでいないのではないだろうか。

 彼らが描いたミャンマーの理想像は何だったのか。世界が今回のクーデターで学んだのは、軍事力が内政の全てを掌握すると「武力行使」での支配色が強まるということを改めて認知させられました。世界の注目がまたミャンマーに向けられていますーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅路

 

2ヶ月間の旅路は終わりを迎え地元に戻ってきた。コロナ感染とかではなく、込み入った家庭の事情で数日はホテル暮らし。1人の時間もホテルで最後なので、この時間を期に旅の記録と思い出を書き残そうと思います。

 

1、そもそも 

2、学んだ事 

3、最後に、、、 

 

目次としてはこんな感じに話を書き記していこうかなと。読む方はめんどくさいと感じても最後まで読んでほしいかな笑。最後まで読んでいいね!と思ったらスターをポチッと押してください!それでは最後までよろしくお願いします。

 

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9/8 新潟県

 

1、そもそもの話 

今は日本一周をブログを書いているが、元から日本一周をしたかったわけじゃない。元々は世界をバック1つで旅をしたかった。俗に言うバックパッカーだ。2020年春に合わせて準備をしていた。しかし、コロナの影響で緊急事態宣言が発令。今では渡航が徐々に解除されてきたが、当時は年内での海外渡航は無理だろうと報道されていた。この発令は私を地獄の底に叩き落とした。夢に向かってがむしゃらに働き、辛い時もバックパッカーの為だと言い聞かせ何度も自分を奮い立たせてきた。でも、死ぬ気でやってきた頑張りと夢は100nm(ナノメートル)程のウイルスにブチ壊されたのだ。心に頑張る気持ちが残ってる訳は無く、無気力な状態が毎日続いていった。そんなメンヘラ状態からなぜ日本一周に切り替えたのか。それは親父の助言がきっかけだ。でもその前に話しておきたいのが、私が世界一周をしたかった理由だ。周りには面白そう、かっこいいなど細かい説明が面倒で適当に答えてきた。でも本当の理由は

 

「 知らない事を

        知ったつもりで終わらせたくない 」

 

というのが根底にある。以前に所属していたNPO法人で世界一周を相談すると「 ネットで調べればよくない?知りたい事なんてネットに沢山載ってる」とある人に言われた事がある。確かにネットで調べたいモノがある場合、調べたモノはただの「情報」から「自分の知識」として備わると考えるのが普通だが「自分の知識」として備わったモノは元々「他者の知識」だ。そのまま「他者の知識」を落とし込んで「自分の知識」に変換する行為は私の中ではまだ「情報」と捉えている。その「情報」「知識」にするためには自分の足で訪れ、自分の目で見て芽生えた「感受性」「他人の知識」を客観的に捉えて比べる事で、生まれる相対的な部分が「自分の知識」になると思う。自分の中で「情報」「知識」に変えるために知らない世界を私は見て巡りたかった。

 

 上記の様な私に、父は「お前は世界に行きたいって言うけど、日本のことは知ってるのか?」と言われた。知ってる事もあるが知らない事の方が圧倒的に多い。日本で知らない事って何?と思うかもしれないが、それを答えられないぐらい知らない事が多い。世界だろうが日本だろうが知らない世界を知るには変わりないと考え日本一周をする事を決断して始まったのがそもそもの話だ。

 

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9月11日 青森県

 

2、学んだこと 

自分自信(内側)で考えて学ぶ事他者(外側)から学ぶ事2通りある。そして旅は「非日常」に当たる。この「非日常」に身を置くと「日常」で気づかなかった当たり前から学ぶ事が沢山ある。その中で「考える」という点は旅で1番学んだ事かもしれない。

 

人は1日の中で最大400回ほど顔を触り、1日の中で4回ほど嘘をつき、1日の中で11回ほど笑うとされている。では人間は1日で何回考え事をすると言われているか。答えは60000回ほど考え事をすると言われている。それらの普段で気にしない事は、日常の中に溶け込み、人の無意識の中で形を成している。だからこそ日常に溶け込んだ無意識を意識して生活する人は少ないだろう。でも私は、非日常を通して意識して考え事をするようになった。「考える」という行為自体、「疑問」が生まれなければ「考える」という行為は出てこない。例えば、

 

「A≠B」

 

という常識があるとする。その際に人は「A≠B」を常識として教えられる。でもなぜ「A≠B」になるのか。その理由を求めるようになった。1つ疑問に思うと関連して次から次えと違う疑問が生まれる。目に入ってくる情報や当たり前をそのまま鵜呑みにするのではなく、自分の中で噛む砕いて納得したものを自分の中にインプットする。この考え方は旅の中で得られた大きな「学び」だった。

 

そして旅の中で学んだ2つ目は、自分が何かを成し遂げようとする際に大事だなと感じたモノだ。それが、

 

「ガキの心を持ち続ける」

 

これだけ言われても分からないと思うので例を挙げようと思う。小学生の時、欲しいモノを親に相談すると「次のテストで100点とったら〜」や「次の大会で優勝したら〜」など逆提示された事はないだろうか?親に提示された瞬間は「やるぞ!」と意気込むがその後って皆さんはやり続けられただろうか?結論から言うと子供は「やりたいモノ」や「やりたいこと」がある際に、何か障害や難問が存在してもやりきってしまう。「勉強やだ」「練習したくない」「面倒くさい」となっても最後まで何とかしてしまうのだ。子供の時は目的のためなら嫌いなことも頑張れていた。あくまで目的や夢のために子供みたく頑張れて、無邪気に頑張る姿勢が大事なのだ。だからこそ意味と意義を勘違いしてはいけない。それは、

 

「ガキの心を持ち続ける」

「ガキのままでいること」は違う。

 

「ガキの心を持ち続ける」というのは心の持ちようであって、やりたい事をやる際は現実も見なくてはいけない。面倒くさい、やりたくないなど逃避ばかりしたり、公言した事もまともに出来ない現実を見ずに周りに迷惑をかける人が存在する。それは「ガキの心を持ち続ける」ではなく「ガキのまま」で成長し切れていないただの子供だ。

 

私は今まで「ガキのまま」だったと思う。面倒くさい、やりたくない、そんなしょうもない理由で幾つもの時間を無駄にしてきた。無駄にしてきた時間が多いからこそ、これからの時間を大切に目的を持って過ごしていきたい。これからは「ガキの心」を持ち、やりたい事を歩んでいく事を学んだ。

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10月2日 富山県

 

3、最後に、、、  

 「夢」だった「旅」が終わりを告げ、私は次の「夢」に向かって走り続ける。ここでは次の夢は公表しないが飲みの時などに聞いてほしい。多分だが大勢の人に笑われる「夢」だろう。馬鹿にされるし、「無理だろ(笑)」と言われるし、陰で笑われると思う。どれだけ馬鹿にしてもいい。貶してもいい。それでも私は歩み続ける。

 

この旅で

モノは盗まれ

お金も盗まれて

虚しさに包まれた

でも

夢を追う事

目的を持つ事

自分に嘘をつかない事など

 

この旅の悪い経験、いい経験も

 

人生の糧に

人生の笑い話にして

「夢」に向かい次に進んでいきたい。

 

最後までありがとうございました。

 

9/7〜11/9

日数:64日間

距離:7245㎞

金額:38万円

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10月14日 兵庫県

 

 

 

 

 

 

 

新時代を切り裂く都知事選

梅雨に入りジメジメとした日が続きますが、東京ではコロナの感染者が100人を再び超えるなど不安な日が続きます。そんな中で東京都知事選挙が来ました。日本の首都である「 東京 」そこのトップを決めるのですが、東京に住んでいる人は誰に投票するのか決めましたでしょうか?今回はその都知事選挙をお話ししていきます。今回の都知事選挙では出馬した人数が多いので、メディアでも取り上げられている主な立候補者5人をピックアップして

 

  1. 争点
  2. 公約
  3. 都知事の歴史

 

についてもお話ししていきます。

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1、争点

 

 今回の都知事選挙いくつか争点がありますが、その中でもコロナ対策、東京オリンピックが軸になってくるのではないでしょうか。世界各地で大流行しているコロナウイルス。東京でも一時は押さえ込みに成功したものの、100人を超える感染者が出てきています。都民、中小企業にコロナ対策をどのようにしていくのかポイントになってきます。コロナ政策で都民受けがいいのは山本太郎氏が秀でているかも知れません。小野氏は業種を絞り従業員に補填、宇都宮氏は抽象事業者、非正規労働者、、フリーランス、学生に対して生活保障を徹底としています。一方山本氏は全都民に10万円、学校の授業料を1年間免除、中小企業と個人事業主に対して保障を行うなど幅広い分野で都民に対して保障すると掲げています。医療現場に対して充実感を示すのは宇都宮氏。医療現場に対する援護は1番秀でていると思います。

 

次にオリンピックに関して。これは全員の供述が違いました。小池氏は開催。宇都宮氏は感染症専門家の判断で21年開催が困難ならば中止。小野氏は24年開催に向けてIOCと再交渉。山本氏は中止。立花氏はリモート競技を掲げています。

 

2、公約

丁度、公約に関して調べていたらまとめてくれたサイトがあったのでそれをここに貼っておきます。しかも全員分!各候補者が1番強調したいところもまとめてくれていたので見やすいかもしれません。

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go2senkyo.com



3、都知事の歴史

今まで数多くの都知事が誕生していますが、僕個人都知事としてのイメージが最も強いのは石原慎太郎氏。芥川賞作家で国会議員も経験。数多くの功績を残しています。小さい頃からこの人のイメージが強く残ります。頭がキレキレで敏腕なイメージがある都知事のポジション。

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しかし近年の都知事選挙で都民は2度の失敗を犯しました。皆さんも記憶にあると思いますが、猪瀬氏、舛添氏ともにお金ぐるみの問題で辞任をしているんです。2012年。石原氏の辞任をきっかけに都知事選挙がスタート。当選したのは猪瀬氏でした。投票率も60%を超えるなど大きな注目が集まりました。しかし現金授受問題が発覚。1年で辞職をしています。石原氏の長期任期もあったためあまりに早すぎる辞職。都民もこれを機に都政に対する注目が一気に下がります。次に都知事に就任したのは舛添氏。投票率は46%と低い投票率となりました。都知事のイメージダウンが生まれた中で、石原氏から続く東京五輪成功に向けて都政を行いますが、公私混同問題、政治資金問題が報じられ2016年に辞職。その次に着任したのが小池氏です。女性ということもありイメージアップは成功。前回の選挙での投票率も59%と回復しています。今SNSでは「#都知事選を史上最ファイの投票率にしよう」が流行っています。今までで1番の投票率は72,36%です。年々投票率が下がり気味の都知事選が今回はどのような投票率を残すのか。注目が集まります。

 

予測でしかないのですが、今回若者の投票数が前回よりも多くなると思います。今まで若者の関心が薄かった政治。これに多くの若者が興味を示し、選挙を通して参加することで新しい社会が開けるのではないでしょうか。今までは若者が実感することなかったものが、コロナに直面することで自分事のように感じられたはずです。

 

これはオリラジ中田さんのユーチュブを見て再度思わされたことですが、選挙において投票数が多い年代は高齢者です。高齢者が多いということは立候補者も投票してくれる年代に合わせて政策を立てていきます。そうなると社会はその年代に合わせた政治が行われていく。現に日本はどうでしょうか?高齢者向けに合わせた国の政策って多くないですか?社会に変えるのであれば、もっと若者もサポートしてくれる社会に変えたいのであれば、若者が投票で変えてくれると信じた人に投票しなくては無理なんです。締め切りは今日の20時。どのような結果が生まれるのか。都民の一票が大事になってきます。

 

 

持続化給付金

「 持続化給付金 」に関してテレビでは連日取り上げられています。経済産業省が中小法人・個人事業主を対象に769億円を投じた政策ですが、委託会社が749億円で電通に再委託を行い20億円が「中抜き」されたのではないかという疑問が挙げられました。ネットニュースを見れば毎日のように取り上げられていますが、何が問題なのか今回は簡単に説明をしていこうと思います。

  • 持続化給付金

政府が業者に向けて行った政策の1つです。コロナウイルスで大きな影響を受けた事業者に対して事業を支える政策のことで、業種に関しては制限はなく売り上げ(事業収入)を得ている法人・個人が対象になる給付金です。経済産業省が主となり、法人は200万円、個人事業者は100万円が給付されます。給付対象に関しては何個か要件がありそれを満たしていないと受け取ることはできませんが、多くの中小法人、企業を救い再起に向けた政策です。

 

日本社会は割合で言うと中小企業が99.7%を占めています。つまりは中小企業が経済の根幹を支えているんです。その中小企業に対して769億円という大金を投じ政府が法人団体に委託しましたが、その委託された法人団体が749億円で大企業の電通に再委託を行いました。その差額である20億円が「中抜き」ではないかと疑いがかかっているんです。そしてその疑惑を払拭できていないのが現状です。業務の大半を行う電通がそこから電通関連会社に業務をさらに委託していることがわかりました。

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20億円が何処に消えたのかが1番の疑問点です。野党からは「中抜き」ではと追及をされています。中抜きとは色々な意味を持つビジネス用語ではありますが、仲介業者としての意味合いで使われています。政府は15億円以上は銀行に振り込みの手数料として支払っていると公言しました。とりあえずこの20億円が不透明すぎて野党からは 追及されています。そして問題なのは20億円だけではありません。今回経済産業省から委託された企業にも問題がありました。

 

その会社は「 一般社団法人サービスデザイン推進協議会 」です。この会社を一言で言うならペーパーカンパニーです。本当に事業活動されていたら失礼ですけど、今のままではペーパーカンパニーと言われても仕方がないのが実情です。それも電通が協議会設立に関わったとされています。この教会のHPを探してみると電話番号の記載もなく、法律で義務付けられている掲載の公告も出していない。しかしこの一件で非難が集まるとHPでは「リニューアル」として急遽公開。このように実態がつかめず名前だけ登録している企業に経済産業省は業務委託を行っていたんです。実際に野党が協議会に足を運ぶともぬけの殻で企業として働いている雰囲気は見えず。その後に連絡はあったものの「リモートにより誰もいない」と釈明。このご時世に救われるコメントを残している。この企業の実態もあり、20億円という大金が中抜きされたのではと疑問は強くなっています。

 

ではなぜ、経済産業省はこの企業に委託をしたのか。普通であればもっと大きな企業や商工会議所などを通せばよかったはずです。過去四年間。経済産業省はこの協議会に14件の事業を委託したとされています。総額で1600億円。これだけ受託していたのにもかかわらず、公告をしてはいませんでした。きっとズブズブな関係だと思われます。20億円が不透明とだけでも、大きな話題になりますが、この協会がカンパニーであること、電通が関与していることと複数の疑惑が重なっているので今回の一件はしっかりとした弁解をしない限り解決はしないでしょう。そして何より国民の税でこのやりとりが行われたという経緯は隠すことができません。これの説明をどうするのか。そこにも注目が集まります。

 

経済産業省はなぜ、この協議会に委託を行ったのかしっかりとした説明を野党と国民に対してする義務があります。東電と協議会は繋がっているのは明確なので、これをどのように説明するのか今後も注目が集まります。

 

 

中国とアメリカ

コロナによる影響で変化し続ける世界情勢。その中で中国アメリが大きく火花を散らしています。コロナにより世界経済が停滞した今時期、中国が世界の主導権を狙っているのは間違いがない。今回はそんな2カ国間の関係に加え、そこに絡みつく問題を紹介していきます。

 

ほぼ毎日入っていた運送バイトの契約が終わり、暇な時間が作れました。今日からまたブログも書き続けていきたいと思います。緊急事態宣言が解除されましたが、皆さんはどのようにお過ごしですか?バイト?デート?飲み?人それぞれで過ごし方はあると思いますが、コロナは完全に消えたわけではありません。まっただ中というのを理解して皆さんもお気をつけてお過ごしください。

 

今回も社会で起きている問題について取り上げてきます。最初にも書きましたが、今回は「 中国とアメリカ 」についてです。この2カ国間については絡みつく諸事情も加えながら話していきたいと思います。

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1、そもそものきっかけ

そもそもこの2カ国間がバチバチに火花を散らした理由は2018年にトランプさんが大統領になった時から。コロナが原因でこんなに殴り合っているのではなく、その前からこの2カ国間は仲良く殴り合いを行っていました。その理由が「米中貿易摩擦です。トランプさんが大統領になる前、中国からアメリカは大量に輸入をしていました。それが続いていたのですが、トランプさんが大統領になると一変します。トランプさんは中国から沢山の輸入をすると、それだけアメリカ国民の仕事がなくなると考えたんです。そこでアメリカは中国に対して関税をかけました。それに対して中国もアメリカに対して関税をかけました。この関税の掛け合いが「 米中貿易摩擦です。しかしなぜトランプさんは中国に対してここまでやるのか。確かに国内の生産力を高めるためというのもあったかもしれないが、トランプさんは完全なアメリカ主義者。簡単に言えば「アメリカは1番でないといけない」っていう考えがものすごく強い人なんです。トランプさんだけではなく、米国内にはそういう人が沢山います。その人達が中国に対して”中国が力をつけてアメリカを追い越すような事をさせてはいけない”と考えたんです。税を上げるのは価格が上がるため正しい判断とは言えませんが、中国を力で抑え込もうとしたんです。2018年のG20で中国からアメリカに対して報復合戦の休戦を申し込みました。両国ともに解決に向けて話し合いが行われたと思ったら、話に折り合いがつかなかった。そしたらまたも関税合戦が開始、、、これの繰り返しが行われました。この影響は表面を見れば大きな影響というのはありませんが各々の国内の数字を見れば影響の大きさが伺えます。これ以外にもこのしがらみは話すことが沢山ありますが、簡単に話すとしたらここからアメリカと中国の対立は始まりました。

 

ここまでをまとめるならトランプさんは急激な成長を見せる中国が嫌いと言っても過言ではないと思います。トランプさんからしたら出る釘は打たないといけません。世界のリーダーとして中国の急成長は本当に気になるものでした。

 

2、コロナの渦中で

 

コロナウイルスが世界で広まる中で中国の報道局が「コロナはアメリカが中国武漢に持ち込んだ」と情報をツイッターに流しました。今もニュースやネットで騒がれているアメリカと中国のコロナ騒動はこれが発端でした。それに対してトランプ大統領は自身のツイッターで「中国ウイルス」と反発。記者会見では「コロナウイルスは中国から来たものだ」とコメントも残しました。今回ばかりはアメリカ側から手を出したわけではありません。コロナに対して初動の対策が中国は不十分だっため世界にコロナが広まったと思っていて、中国に対してイライラしていました。そんな時に中国の報道局は「アメリカが武漢にコロナを持ち込んだ」など言いがかりをしてきたのでアメリカも我慢の限界だったのでしょう。正直幼稚園生の口喧嘩と言わなんばかりのやり取りです。それをツイッターでやりあっていたので正直見ててこっちが恥ずかしかった。しかしこのコロナショック中でのこのやりとりは完全に中国に非があります。なぜアメリカや世界の大国は中国を非難するのか。大きくポイントは2つあります。1つ目はWHOの中国贔屓2つ目は中国政府が情報を公開しないところにあります。

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WHOが中国贔屓なのは目に見えてわかります。中国では12月頃からコロナウイルスが出始めており、世界では危険性はないのか危惧されていました。そこにテドロス事務局長が直々に中国に訪れるという珍しい出来事もありました。正直WHOほどの機関のトップが出始めて日の浅い国に訪れるというのは本来ありえないことです。だって事務局長がいかなくても、専門チームを派遣すれば良くないですか?この時点で正直僕は「お金もらいに来たのかな。」とテレビを見ながら思っていました。中国で習近平国家主席とテドロス事務局長が対談。国と共に調査を進めていく話で1回目の対談が終わりました。調査結果は危険性はなし。パンデミックほどのウイルスではないと記者会見で公言しています。しかし中国での感染者数は日を増すごとに増えていき、国内の感染者数は爆発的に増えていきました。中国政府は毎日のように感染者数発表を行い、「病原はコントロール下にある」とまでコメントを残していました。しかしこの時世界ではある疑いが中国にかけられていました。

 

それが2つ目の中国政府による情報操作です。なぜ世界は中国を疑ったのか。中国の病院で働く医師たちから続々と政府の発表以上の感染者、亡くなられた人の数はいるとネットを通じて言い始めたのです。その1人が李医師です。彼は12月頃から中国の国民に対して警告をしていました。しかしそれを中国警察が注意をしやめるように言われました。しかし彼はコロナに感染し命を落としました。世界では中国が情報を隠蔽するために抹殺したなど言われていますが、確かなことがわかりません。このように中国は誤った情報を流し、本当の情報は流していないのではないか?だから世界でコロナが蔓延した。中国が正しい情報を流していれば、初動の動きをもっと早く対処していればこんな風にはならなかった。というのが世界の反応です。

 

しかし1つ勘違いしないでほしいことがあります。確かに中国の初動の遅さは目にあまるものがありました。慎重な判断をもっとしていればここまで世界でコロナウイルスが流行らなかったかもしれないし、抑えられたかもしれない。それは事後の話なので何を言っても仕方がありません。ただWHOが中国贔屓、中国が情報操作を行ったなどと世界では言われていますが、確かな証拠がありません。海外の出版社は憶測でバンバン決めつけて記事を書くことが多いですが、何1つとして確証がないんです。なのでこれはただの世界による憶測でしかないんです。

 

3、WHOとアメリ

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しかしアメリカはWHOと中国はズブズブな関係だ!って思っています。先日ニュースにもなりましたがアメリカはWHOに対してある事を行いました。それがWHOに資金拠出の停止とWHOからの脱退です。これは世界にとてつもない衝撃が走りました。あまりピンとこないかもしれませんが結構トランプさんはイカれている事をしたんです。

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そもそもではありますが、WHOとは何か皆さんは知っていますか?国連の専門機関であり保険健康と促進し、世界の安全を維持し弱いものに奉仕するを掲げてつくられた機関です。多くの人が勘違いしているのがWHOは医師集団ではありません。国際的な助言を提示するのが役割です。世界で病原に対して立ち向かっていきましょう!をまとめる役と思えばいいかと思います。そんなWHOから脱退と資金拠出を選んだアメリカ。これはWHOからしてみれば大きなダメージです。なぜか。それはアメリカがWHOの最大の拠出国だから。これをされてしまうとWHOは資金面のやりくりに困ってしまう。

 

トランプさんからしてみれば、WHOは公平性を保つ機関でなければならないのに、中国に操られて操り人形になったWHOは公平性を欠いていたら、世界の安全は維持できないと思ったはずです。それは間違いではなくて、常にWHOには公平で確かな情報が求められています。それができなくなってしまえば人類がウイルスによって経済、人命ともに救えるものが救えなくなってしまします。世界が1つにまとまって治療薬開発に尽力しなくてはいけない時に、アメリカ脱退は世界各国からしてみても痛手でしかありません。アメリカの医療技術は世界でもトップクラスの技術を持っています。医療体制が日本と異なるためその技術を受けられるのは富裕層がメインですが技術に関しては誰しもが頷けるレベル。その技術が使えない、資金面もなくなってしまえば、早期治療薬開発も困難になるかもしれません。アメリカの脱退にEU連合も考え直すように声明を発表。ビルゲイツなどアメリカの著名人も声をあげています。ようはトランプさんはWHOの対応について不満しかないんです。大好きなツイッターと会見でWHOの事を非難すれば、テドロフ事務局長もこれに会見で反発。アメリカとWHOが和解するのには困難な道となります。この様にWHOを介して中国とアメリカはコロナウイルスで世界が脅かされている中でもバチバチを喧嘩をしていました。

 

4、中国と台湾

コロナウイルスが世界で蔓延する中、コロナの抑え込みに成功した地域は数少ないです。その1つが台湾です。コロナがで始めた頃には中国からの飛行便を停止して、中国からの人流を遮断。国内の感染者数を最小限に抑え込みました。世界からは賞賛が送られ、WHOへの参加も認めるべきだと世界からは言われていましたが、WHOは参加に消極的なんです。WHOに参加する際には加盟国が賛同する必要がありますが、台湾を国として頑なに認めていない国が1つあるんです。それが中国です。中国と台湾の関係はめちゃくちゃややこしいですが、まず言えることは台湾が国ではないということ。台湾は現在、独立国家として扱いは受けていません。むしろ国家として接している国の方が少ないです。世界の大半が「主な地域」として扱っています。ここには歴史と政治が複雑に絡み合った事情があります。

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現在台湾と中国政府の両方の言い分をまとめると、中国政府は「台湾は中国の一部」を主張しています。つまり特別行政自治区として定めているんです。しかし台湾の意見は「台湾は台湾だ!中国の一部ではない!」と主張しています。通貨も違えば、言語も違う。なぜここまでこじれた関係を築いてしまったのか。それは歴史を紐解いていけば見えてきます。

 

始まりは1911年まで遡ります。多分多くの人が知っていると思いますが、1911年は清が倒され、孫文により中華民国が誕生しました。つまり辛亥革命です。この時に中国共産党毛沢東中国国民党蒋介石が政権を握るために争いました。つまりは内戦の勃発です。

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勝ったのはもちろん毛沢東。このあと彼は中華人民共和国を樹立。「共産党=絶対」を掲げて現代まで共産党による一党独裁を行ってきました。一方蒋介石は内戦に敗れ、内陸に居場所をなくします。その際に逃げ込んだのが今の台湾です。この蒋介石が台湾に移る際に手助けとして日本人が助けました。だから台湾の人たちは親日家の方が多いんです。この時に毛沢東は考えました。台湾を武を持って制圧しないと中国は完全に1つにならない。だから「1つの中国」を目指すべきだと。しかし1950年に朝鮮戦争が勃発。台湾の武力制圧はなくなってしまいました。一方蒋介石はまだ中国本土を取り戻すことを考えていましたが、内戦により力を失ってしまった国民党は共産党との力を差を無くすため、台湾を支配し台北を臨時首都として、中華民国政府を樹立させました。

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台湾は中華人民共和国とは違う政治体制を引き、現在まで成長をしてきました。現に通過も言語も違います。過去に「中国大陸と台湾は1つの中国に属する」という原則を確認したとされていますが、台湾は国民党から政権が民進党に移ったため、党の掲げる「台湾独立」押し出し、中国の「1つの中国」は受け入れていません。あくまで同意したのは国民党であり、現在を仕切る民進党は合意はしていないというスタイルです。中国は一方的に台湾も中国の領土と認識しているので、反抗する台湾を経済、武力を使い圧力をかけるとされています。

 

中国の強引な姿勢にアメリカは懸念を示しています。アメリカは台湾を支援しています。5月には台湾に武器の売却を決定するなど、何年も続けて武力援助を行っています。アメリカと台湾は外交関係はありませんが、台湾関係法に則り武器を支援します。しかし中国はこれを良い風に捉えることはありません。中国とアメリカの両国の関係性がもっと深刻化するのが懸念されています。

4、中国と香港

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まだまだ中国とアメリカの関係はこじれていきます。世界がコロナと戦っている中、先日に中国の全人代全国人民代表大会)である法が可決されました。それが「 国家安全法 」です。この国家安全法というのは反逆や扇動、破壊行為などを禁止する事を目的とした法で、国の治安維持を守るためのものです。簡単に言えば、国に反抗する者を力を持って潰すということです。しかしこの中には香港に中国独自の治安機関を設置することができるという規定も盛り込まれていました。これに香港市民は激怒してデモが行われ、多くの人がデモに参加したと言われています。この中国と香港の関係にアメリカも首を突っ込んできました。「一国二制度を一国一制度に変えた」とトランプ大統領は中国を非難しました。あれなんですね、トランプさんは本当に中国が目障りな存在だと認識しているのがひしひしと伝わってきます。。。最近のニュースでよく目にする機会が多い「香港」ですが、世界から注目が集まっています。

 

その中でも皆さんは一国二制度を理解しているでしょうか?この一国二制度を理解しないと今回の国家安全法による懸念が合致しません。なので一国二制度の説明からしていきたいと思っています。

 

まず香港は中国に属していますが、1997年までイギリスの植民地でした。その際ある制度がイギリスと中国の間で交わされました。それが「一国二制度」です。当時香港では資本主義が行われていました。しかし中国は社会主義なので急な変更が混乱を招くと考えられ、50年間は香港では資本主義を採用され、外交と国防を覗いて「高度な自治」が認められました。つまり言論、報道、出版の自由など中国に所属しながら中国とは異なる経済、政治が進められてきました。その中に集会やデモの自由も明記されています。中国に所属しながら中国と異なる発展を遂げてきたので、中国にはない自由が香港にはあります。そのため香港に在住する人のほとんどが、自分は中国人ではなくて香港人という認識が強い。これはイギリスの植民地だったという歴史もあるが、中国から高度な自治が認められた故に生まれた認識だと思う。中国は香港を自治区として認めたが、今までにも法などを通して強要を何度も行ってきた。そのため香港ではデモはよく行われてきた。日本では大規模なデモを見る機会が少ないため、デモというものに恐怖を感じるかもしれないが、香港では珍しいことではない。歴史を見れば中国政府に対するデモは多く行われている。

 

今回の「国家安全法」は香港の自由が侵されるのを危惧し、香港の人たちは大きなデモを展開した。そのデモを武力を持って制圧できてしまい、中国が香港の「高度な自治」をなくしてしまう可能性がある。これに対しては世界から中国に非難が集まった。もちろんアメリカもこれに参戦。香港に対して優遇措置停止を決定した。輸出管理やビザの停止など多くの措置をアメリカは考えている。中国に対して制裁を加えると言ってはいるが、アメリカは自分の首を自分でしまう可能性がある。今までの敵対国に対する制裁とは違い、香港は経済発展が著しく伸びている場所でもある。そして世界経済を支える世界有数の場所でもある。そこに対して経済的制裁を加えることは正しい判断とは言えない。

 

5、世界のアメリ

中国は香港、台湾など国内事情で抱える問題が沢山ある。簡単な説明しかできないが、同じくトランプ大統領も1つ国内で問題を抱えている。それは大統領選挙だ。前にも話したがトランプ大統領アメリカ1番主義者だ。世界のリーダとしてアメリカとしての威厳を示したいところ。ここで中国に弱さを見せてしまい、弱腰になってしまったら国内での支持率が下がってしまう。そのためトランプ大統領は中国に対して強固な姿勢を示している。

 

6、まとめ

 コロナショックで世界が大打撃を受ける中で中国とアメリカの攻防が今も続いている。中国には北朝鮮が支持すると声明を出し、友好な関係を築いてるロシアもバックにはいる。アメリカは強固な姿勢をとってはいるが、トランプ大統領は国内での立場、国際的な立場を考えながら慎重に判断をしていかないといけない。最悪の場合、世界が2分化するかもしれない可能性がある中で、日本はこのコロナショックから立ち直り、上手く立ち回りをしていかないといけない。

 

世界で2番目の経済大国である中国が1番になる日も遠くはないのかもしれない。世界各地から技術を吸収し、今の地位まで上り詰めた中国とそれをけん制するアメリカはどのように攻防を進めるのか注目が必要だ。

 

 

 

イランとアメリカ

4月25日になれば私も23歳になります。本当なら社会人1年目の年齢ですが、まだ大学生をしているなんて想像もしていませんでした。社会人1年目の年齢になるなと去年あたりから思い始め、休学をした時から新聞やニュースを見るようにしました。ニュースで気になった事を自分で調べ始たら色々な知識が付くし、意外にも面白いなって思えた新しい発見です。私は他の人に比べて不器用で考えるのに時間がかかるタイプなんです。案の定、何も考えずに大学通っていました。それでも休学して自分をもう1回見つめ直したら、将来やりたい職業も見つかったし、あのまま大学通わなくてよかったなって思っています。もしあのままだったら、留年しまくって親のありがたみも感じず、不登校で何も考えないクソみたいな学生だったなと思いました。考えるだけでゾッとする。。。。

 

そんな私に将来を考えさせたきっかけがニュースと新聞なんです。私の周りも社会人1年目の友達や、就活を頑張る後輩、社会人2年目を迎える先輩と、何かと社会と接する人が溢れてきました。そのためこのブログも、もっとみんなに有効活用してもらいたいと思い、ある事をしていこうかなって思います。それは話題のニュースを詳しく説明・解説のコーナーです。「社会人はニュースや新聞を通して現代社会で何が起きているのか把握するのは当たり前だし、社会で起きている事を知らない社会人は恥ずかしい」と社会人の姉が言っていました。就活生も何かと時事ネタって必要ですよね。なので皆さんにとって有効なブログになれば、皆さんのお役にも立てるし、僕も調べたりして勉強になるのでお互いいい事しかないなと思いました。という事で今回はその第一弾をしていこうかなと思います。コロナに埋もれがちですが今回は

 

アメリカとイラン 」

 

について書いていこうと思います。なぜこの2カ国を今、ピックアップするのかというと、コロナのニュースで埋もれていますが、この2カ国間の喧嘩がまた注目を浴びています。今年の頭に世界が緊張に包まれたのを皆さんは覚えていますか?アメリカ軍がイラン革命防衛隊の司令官を殺害しました。それに対してイランもイラクにあるアメリカ軍基地を爆撃し、報復を行いました。このような出来事が起きましたが、両国話し合いを行い仲直りをしたように見えました。

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しかし!

 

そう簡単にこの2カ国が仲直りするわけないじゃないですか(笑)もっと言ったらお互い嫌い合ってますからね。長い歴史を見ると2カ国の間に何があったのか理解できます。ちなみにコロナウイルス関連のニュースによりあまり注目を浴びていませんが、先週ペルシャ湾アメリカ軍の戦艦とイラン革命防衛隊の船が急接近するような出来事がありました。また世界で緊張が走ろうとしています。なぜここまでこの2カ国が犬猿の仲になったのか説明。解説を行っていこうと思います。

 

①2カ国の歴史

まず最初にイランとアメリカの間を簡単な年表にして紹介します。今回の年表では大きな出来事を軸に書いていきます。その前に一言言わせてください。もしこの2カ国間で戦争が始まった場合、日本も被害を大きく受けるということだけは理解してください。その説明も最後にしていきたいと思います。この流れに沿って説明をしていきたいと思いますが、長く説明・解説を行ってもややこしくなるだけなので出来るだけ簡潔にまとめて話してきます。

 

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②モサデグ首相の失脚

元々イランは、今の国の形とは異なり王国だったんです。そのため王様が存在していて王様が国をまとめる、王政を行っていました。王国の歴史が長く続きますが、その中でパフラヴィー2世が王様になることできっかけが生まれます。パフラヴィー2世はアメリカやヨーロッパ諸国と仲良くしたい!って思いが強い親英・親米派の人でイランの近代化を目指していたんです。このパフラヴィーの思想にもちろんイギリスとアメリカは食いつきます。なんで食いつくかというと、両国とも石油を自分のものにしたかったからです。

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しかし欧米と仲良くはしたくない!という勢力が出てきます。それは民族主義の勢力です。パフラヴィーさんは、欧米の力を借りて国の近代化を目指しましたが、この勢力は外国勢力には力を借りず、独立を目指す考えでした。この当時は、欧米の石油会社が石油を独占していたんです。イラン最大の売りである石油の利権を外国に握られているため、国民たちも含めて抵抗運動が強まってしまいます。そして1951年、民族主義のモサデグしが首相に就任。モサデグさんは石油の国有化を宣言して、外国の石油会社をイランから追い出しました。これにもちろんイギリスやアメリカは反発します。それはそうですよ。生活の必需品の石油を確保できれば、儲けすぎて笑いが止まらなくなりますからね。どうしても欲しいものだったんです。

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そこでアメリカが動きます。クーデターを操作してモサデグ首相を失脚させようぜ、、、っと。思惑通りモサデグ首相が失脚、バフラヴィー2世がまた実験を握りました。そして欧米との関係は強くなり、石油の権利は欧米が実質的に支配することになるんです。

 

バフラヴィー2世を仲介した形にはなりましたが、イラン国民にしてみれば自分たちの宝を無理くり奪われた形になります。この時点からイラン国民はアメリカに対して苛立ちを覚えるようになりました。

 

③白色革命

上記の説明を見ると、パフラヴィーは国をよくしようとしたいい奴だなって思う方もいるかもしれません。しかし実態は違います。アメリカと共に石油で生まれたお金を自分のためだけに使っていたんですね。「 白色革命 」ではこれがキーポイントになっていきます。

 

早い話、白色革命というのは無理やり西洋化、近代化にしようというものでした。これに反対したのが民族主義者と宗教勢力です。なぜ宗教勢力が反対したかというと、中東ではイスラム教が主な宗教として広まっています。西洋化が進むとコーランのの教えに背く行為も含まれていたからなんです。コーランとはイスラム教の聖典であり、神様のお言葉が書かれているものです。

 

しかし、改革に反対する勢力は弾圧をされてしまい、国外へと追い出される形になってしまいました。国民の頼みの綱である指導者たちが国外へと亡命したものだから、国民たちは被害をめちゃくちゃ受けます。急激な近代化を推し進めたことにより、貧富の差は広がり、年には地方からの農民が流れてきます。そうなると農村は疲弊してしまい、国民の間で経済的に差が生まれてしまったんです。それに伴い王政に対する不満が高まってしまいました。しかし、宗教指導者たちは諦めていませんでした。次の話に出てくるホメイニ師によって、また革命が起きるんです。

 

イラン革命

パフラヴィー2世の独裁体制は崩れ、革命がおきます。それがイラン革命というものです。今回の話の主役はホメイニ師です。この人は近代化に対して反発を行っていたんですが、国の弾圧によって国内にはいられなくなり、フランスのパリに亡命します。しかしホメイニ師は国民を裏から反政府運動を指導します。きっかけは1978年に学生らによって行われた反政府デモが弾圧をされます。この弾圧を機に全国で王政に反対する動きが広がりを見せていくんです。この反対運動を抑えきれなくなったパフラヴィー2世は国外に脱出し、王政は崩壊する形になりました。そして同じ年に宗教指導者ホメイニ師はパリからイランに凱旋帰国をします。これによりイランでは近代化を進める考えではダメだと改めて気付かされ、コーランに則ったイスラム原理主義というのを軸に新政権が樹立することになります。それが、今のイランであるイラン=イスラム共和国です。これによって元々毛嫌いしていたアメリカを真っ向から反米路線を掲げ、対立していくことになります。

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⑤米大使館人質事件

ホメイニ師を最高指導者として生まれた新政府は、どんどん反米政策をぶちかましていきます。パフラヴィー2世の時に合意した中央条約機構も脱退するなど強固な姿勢をとり続けたんですね。しかしある事件が起きます。アメリカがイランから逃亡したパフラヴィー2世を受け入れたんですね。アメリからしたら何もおかしな事をしていません。自分たちと友好な関係を築いた人を自分の国に逃げておいでって招いたんですから。しかしこれにイランの国民は激怒しました。これによって起きたのが米大使館人質事件です。ホメイニを支持する学生がテヘランにあるアメリカ大使館を襲撃して、1年以上も大使館員とその家族52人を人質にしたんです。当時のアメリカもこれに手を焼きまして救出作戦は失敗に終わるなど波乱が起きました。しかしこの事件がある戦争のきっかけを作ってしまいます。これをアメリカ国内では毎日のようにテレビで報道。アメリカ国民はイランの事を敵対視するようになります。

 

仏教でも宗派が別れる様に、イスラム教でも宗派が分かれています。イラン革命を指導したのはホメイニ師です。ホメイニ師イスラム教のシーア派に所属しており、シーア派が政権を握ってしまうものだから、近隣のスンニ派が政権を握る国がシーア派による革命を恐れて懸念したんです。そうなるとシーア派が政権を握っているイランをどうにかしないといけないと考えたのがイラクでした。当時イラクではサダム・フセインが政権を握っており、そのバックにはアメリカが付いていたんです。そのアメリカが支援を行うことで、イラン革命の混乱にじょうしてイラクがイランに侵攻を始めました。これがイランーイラク戦争の始まりです。これは8年間にも及ぶ泥沼の戦いになりました。

 

⑥核疑惑

そして時代は2002年。イランとアメリカの仲の悪さは続いていますが、もっと仲悪くなる出来事が起こります。イランが核兵器を開発してるんではないかという疑惑が生まれたんです。これに世界からは避難が殺到しました。もちろんアメリカはイランに対して大バッシングの嵐です。しかしイランは戦争利用ではなく、あくまで平和利用のための開発だと否定しました。しかしアメリカや西欧各国などは経済制裁をイランに対して実施しました。

 

 

⑦核合意

イランとアメリカの仲の悪さはこじれて行き、誰しもがダメだと思った時でした。当時アメリカ大統領だったオバマさんが政治的な大きな遺産と言われる大きな仕事をこなします。それが核合意です。なぜこれに至ったのかを説明すると、2009年にオバマ政権が発足しました。当時オバマさんは中東をすごい大事に考えていたんです。なぜか中東は世界のエネルギー源であるためです。アメリカとイランの犬猿の仲を承知でオバマさんは自ら歩み寄ろうとしたんです。これには世界から賞賛の嵐でした。行くところまで行ってしまった2カ国の因果が断ち切れる主観だって誰しもが思いました。

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オバマさんはイランが核開発を大幅に制限する代わりに、これまでしてきた経済制裁を解除するよって言ってくれたんです。これにイランは即合意しました。多分この時みんなが思ったと思います。平和くるんじゃない?ってしかしこの流れをぶった切る人が登場します。

 

⑧核合意脱退

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それがみんなのトランプさんです。トランプさんはオバマさんが作ったこの核合意を即刻抜けます。ちなみに両国がまた犬猿の仲になったのはこの核合意からの脱退が原因だと言われています。

 

トランプさんはオバマさんの事が嫌いだと思います。オバマさんがやってきたこと全てを無に帰すことをしているんです。核合意も、保険制度も、色々とぶっ壊しをしています。オバマさんはどちらかというと、みんなで手を取り歩むイメージを持っていたのですが、トランプさんはアメリカ至上主義で、アメリカは世界のリーダでなければならないっていう考えを持っているのかもしれません。

 

話がずれましたが、トランプさんはこの核合意を脱退。その行動にイランは苛立ちを覚えます。「お前たちがそんな態度ならいいよ!」と言わんばかりの対応を見せてくれました。2019年に核合意に基づく核開発の制限を破棄したんです。そんなことをするもんだからお互い行動がヒートアップします。アメリカは原子力空母をイラン周辺に派遣して圧力をかけたり、イランは米軍の無人飛行機を追撃したり、ちょっとした殴り合いがまた始まったんです。そしてこの殴り合いが年末から年明けにかけて行われる、イラン革命防衛隊ソレイマニ司令官殺害と米軍基地攻撃につながっていきます。

 

いかがだったでしょうか。また緊張の糸が張り詰めているイランとアメリカの関係。その仲の悪さには昔から続いていたんです。今後もこの2カ国がどのように進展していくのか世界が注目しています。皆さんも動向に注目してみては?

 

 

さて、この2カ国の関係がなぜ日本に影響するのか?答えは簡単です。日本の原油は8割近くが中東から輸入しています。これが戦争などでストップしてしまうと一気に今の生活ができなくなってしまうんです。さらにイラン対アメリカの図に色々な国も絡んでするでしょう。そうなればアメリカと友好関係を築いている日本も戦争の一部分に関与しなくてはいけなくなるかもしれません。米軍基地がある沖縄も狙われる可能性ありますよね?

 

今はコロナでそれどころではないかもしれませんが、こっちの張り詰めた糸もコロナ以上に危険なんです。コロナの影響により日本は大きな経済ダメージを受けました。仮の話でしかありませんが、もしこの時期に戦争が始まった場合は下がった経済を元通りに、それ以上にするには何が1番手っ取り早いでしょうか?軍事産業ですよね。兵器を作り売るのが1番簡単です。もちろん軍事産業に走ればその生産元は相手国に潰されます。っていう風に考えることもできます。軍事産業の話は最悪の場合でしかありませんが、原油は本当に私たちの生活を一気にどん底に陥れる可能性があるんです。

 

あまり関係がないと思われる世界の出来事だって、よくよく見てみれば自分たちの国、生活に影響を及ぼすかもしれません。社会人として知識をつける上でも世界情勢は細かくチェックしておいたほうがいいかもしれませんね。

 

おまけにガソリンもっと下がると思いますが、今の時期車持っている方は満タンにしておいたほうがいいですよ。くそやすい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーダーとは?

久しぶりにブログを開きました。。。3月中旬からコロナの影響でバイト先もダメージ来ると思って、影響をあまり受けない物流関係のバイトも始めました。働きまくったら書く時間が全く取れなかったけど、今日からまた書ける時に書いていこうと思います。コロナの影響もだいぶ前から出始めましたね(本当に前から)。国内感染者も1万2000人を超えて1ヶ月前の欧米のようになってきました。感染者数は一定になってきてここからが本当に正念場なんだなと感じてます。

 

報告遅れてしまいましたけど、もちろん4月から行う予定だったバックパッカーも延期です。貯めに貯めた貯金も発揮することなく銀行に眠っています。正直コロナがこの1年で終息するとは思っていません。ましてや海外は衛生面も日本と比べると劣るため、バックパッカーは諦める方向なのかなって思っています。その代わりに貯めたお金も、もったいないので日本でだいぶ落ち着いたら、車買って日本一周しようかなとも考えてはいます。まぁそこら辺はその時の自分に任せたいと思います。

 

コロナに対する世界の対応は様々ですが「 リーダー 」判断決断明暗を分けた要因の一つです。アメリカやイギリスなどの多くの大国では、感染者が大きく膨れ上がり現在でも対応が急がれています。でもドイツなど数カ国は他の国と比べても感染者数が驚くほど低いです。それはなぜか。「 リーダー 」の対応がとても早かったから。コロナに関して言うならば、国のリーダーたちは2択の選択が迫られていました。「 経済 」「 国民 」です。どちらにもメリットとデメリットは存在しますが、どちらかに振り切る事が必要だったのかもしれません。アメリカを例に挙げると、アメリカは「 経済 」を優先した言えます。ある程度の感染者数、死亡者数を覚悟した上で経済を潤す事を優先し、国民の末端まで現ナマを配りました。先日も52兆円?(多分)の追加予算を決め経済対策をとりました。

 

先ほど説明したドイツは「 判断 」「 決断 」とは別に「 想定 」が決め手だったのかなと思います。医療レベルの高さもありますが、何年も前からこのような事態に対策・対応などの想定を組んでいました。2択を選ばなくても事前想定で最低限のダメージでやり過ごしました。台湾や韓国やドイツのように上手く対策できた国に言えることは間違いなく「 危機管理能力 」であり、日本はコロナが出始めた当初を見ればわかりますよね。とてつもなく甘く見ていたと思います。全てが中途半端な対策だな〜とその時は思っていました。

 

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世界各国で明暗が分かれた「リーダー」の対応。そもそもですが「リーダー」とは何なのか。求められるもの、必要な能力など自分が今まで体験した事も交えて考察していきたいと思います。

 

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①リーダーとは、、、?

そもそもの話ではありますが、「 リーダー 」とは指導者、先導者とういう意味があります。要は1つのチームを引っ張る人。時折勘違いされている人もいらっしゃいますが「 マネージャー 」はリーダーではありません。中身を理解していないとリーダーシップというのは発揮できません。なぜか。リーダーとマネージャーはやる事が違うから。曖昧な記憶を辿れば、企業が新卒社会人に求めるスキルとして「 リーダーシップ 」が上位だった気がしています。曖昧なので確かな事は言えませんが、求められているのは確かです。時々リーダーもマネージャーも両方こなしてしまう天才的な人いますが、それはレアケースであって、勘違いして欲しくないので言いますが、リーダーは組織をまとめる統率者マネージャーは組織の規則など秩序を作り、円滑に進めるために導く人のこと。ややこしくなりますが、リーダーシップマネジメントも別物と考えています。

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②リーダーに求められるもの

個人的な意見でしかありませんが、マネージャーも難しいけどリーダーの方が難しいと思います。リーダーのやり方は人それぞれだと思っているので、リーダーとはこういうものだ!って決めつけはできません。しかし

 

「 自己理解 」

「 行動力 」

「 他者理解 」

 

この3つのスキルが必要だなって思います。その3つに共通するものとして「相手に見せる姿」がポイントです。それではその3つを説明していきたいと思います。

 

自己理解

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「 見せる姿 」として自分自信を理解していないと、見せるもクソもないと思います。リーダは装って演じるものではありません。それぞれの人間性を最大限に活かして行うものなので、自分自身を理解していないと活かす事もできません。自分の中では「リーダーとはこういうものだ!」って定義している人もいるかと思います。でも、その定義していたものを自分が演じた所であなたの良さはそこにはありません。その定義はリーダーとしてやっていく時には邪魔になるので捨てたほうがいいかと。。。ではどうすればいいのか。最初にも言いましたが、やり方は人それぞれなんです。だから自己理解をして自分にあったやり方を見つけるっていうのが必要なんです。でも理解しただけではダメで、自分が相手にどう映るのか「 見せる姿 」も大事になってきます。

 

行動力

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これは本当に大事だと思っていて、先頭に立ちどれだけ率先して業務ができるか。これは本当に必要なスキルだと思います。例えばの話ですが、大事なプロジェクトがあり、1つの組織として動くとします。指示だけ出してサボり気味なリーダーと、指示も出して一瞬でも一緒に考えてくれるリーダーとどっちがいいですが?一緒に考えてくれるリーダーの方がいいですよね。極端な例を出しましたが、率先して行動し、魅せるリーダーの方が組織としてもまとまると思います。指示だけ出してやらないのはリーダーではありません。指示を出すのはマネージャーだと思います。説明が不足しているので補足して説明をします。マネージャーはあくまでも組織に規則を作り円滑に進められるようにコントロールする人です。今どこに人手が足りないのか、何が劣っているのか、組織に必要なものは何かを考えなくてはいけません。組織の状況をできるだけ俯瞰的に見て判断することが必要です。リーダーは難しいと言いましたが考える事が沢山あってマネージャーもめちゃくちゃ難しいんです。

 

他者理解

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これこそ「 見せる姿 」が大事になってきます。相手が落ち込んでいる時、相手にやる気がある時にかける言葉や魅せる姿を変える事が必要です。他者理解と書きましたが柔らかく言い直すと相手の気持ちを考えることです。リーダには自分のやり方がありますが、臨機応変な対応が必要です。自分で見つけたリーダー像を貫いても、組織の状態、雰囲気を見て変えていかないといけません。ここが難しいところではありますが、スタイルは変えても軸は変えてはいけません。話の内容やかける言葉を変えるけど、最終的に伝えたい軸というのは変えないというのが大事です。この他者理解は他のスキルに比べて時間をかけないといけないスキルでもあります。組織と向き合う時は組織の雰囲気、状態を常に気にしないといけないといけません。1人1人に目を向けた場合は、1人1人モチベーションをチェックしてかける言葉を変えていかないといけません。その人たちにどんな自分の姿が見えているのか、それが悪い姿だったら、、、この他者理解は時間をかけて丁寧にやっていくのが大切です。

 

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この3つが僕の中で大事なスキルです。ちなみにトーク力 」っていうのも、とても大事なスキルです。どれだけチームにいい人材が揃っていても目指す方向性が不明確であったり、リーダーが掲げる目的にみんなが向かず、チームとしてまとまらなかったらチームでやる意味はありません。周りの人間を魅了して、この人についていこうと思わせ、チームを一体にし目標に進むのがリーダーとしての役目だと思います。正直「 トーク力 」って元々の才能がある人、努力で習得した人といます。僕の先輩でも天才的に話で魅力する先輩がいました。この人すご!って思ったのと同時に、この人みたいにはなれないなって思い、この人のようになるんじゃなくてこの人と同じレベルのトーク力を身につけるように努力をしました。おかげさまで、「話すのは上手」と同期から言わるように、、、話すのだけね、、、、、

話がずれましたけど、この3つはリーダーに求められるものだと自分の中で思っています。

 

③リーダーシップを発揮する上で

僕は4年間の大学生活でボランティアをしていました。そしてボランティアの中でリーダシップやマネジメントを勉強して、120人のマネージャーを務めたり500人のサブリーダーを務めたり、いろいろな経験をしました。組織でリーダーシップを発揮する上でめちゃくちゃ大事だなって思ったのが組織図です。組織図とは言いましたが、もっと簡単に言うとトップの人間を支えるNo,2の存在です。正直この右腕次第で組織運営ってめちゃくちゃ変わるし、周りから見える運営層のイメージってすごく変わると思います。

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なつかすいぃぃぃぃ!!

 

リーダーのキャラクターで組織の色は変わり、運営層のあり方でイメージが変わります。自分が最近めちゃくちゃすごいと思う最強のNo.2がいて、それは令和おじさんこと菅官房長官です。あの人本当にすごいと思います。安倍政権がここまで続いているのも右腕として徹底している菅官房長官の仕事っぷりだと思います。機会があれば菅官房長官の凄さを話したいと思っています。

 

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また、話がずれた、、、

 

本題に戻しますが、つまりはリーダー以外の運営層がどれだけトップの人間を立たせられるか。どのようにリーダ、組織をコーティングするかではないでしょうか?リーダの人間性を壊さずに活かして際立たせるのか。それがリーダーが技量を発揮するのに必要な右腕が考える重要なことだと思います。簡単に言ってしまえば演出家であり、テレビで言ったらプロヂューサーですね。リーダーとして輝ける素質も必要ですが、こういう力が合わさって組織としてまとまると考えています。

 

日本社会で小さなチームが活動していく際、チームの役割としてありがちなのがリーダーとマネージャーが混合していています。僕の中ではマネージャーとリーダーは別物だと考えているので、2つの組織としてのあり方があると思います。最後にこれを書いて終わりにしようと思います。

 

ここまで来て言うのもあれですが、立場的に偉い人がリーダである必要はありません。立場的に偉かろうが、引っ張れない奴をリーダにするのはナンセンスな話であって、逆をいったら引っ張れる奴をトップにする必要もないと思います。社員が営業で成績良かろうが、成績いいからで社長になったら会社の成績も上がると思います?そうとは限りません。その人が営業で輝けたのはその立場があって、その人の良さが発揮出来る立場だったからだと思っています。こういうことも踏まえて組織のあり方を紹介しますね。

 

1つ目はチームのトップにリーダを置き、マネージャーとは別にする方法です。これは従来のあり方だと思います。組織図的にも、存在としてもトップに立ち1番先頭で引っ張ること。この時に大事なのはリーダーにマネジメントをさせないことです。そのためにマネージャーを置き、チームの業務が円滑に進めるように客観的に見てもらうことに徹底します。そしてリーダーにはさっき言ったスキルを意識させて仕事をしてもらいます。これが1つ目です。2つ目はトップにリーダを置かないで、違う人間をトップに置き、上の人間に報告・相談・連絡する役割をさせるという形です。1つ目と違う点は存在としてはリーダーとして発揮してもらい、組織図的にはトップではないという事です。この特徴はリーダーの存在を最大限に使い、立場的には1つ目よりも低くなるも、チームのまとまりを狙います。トップに立つのが苦手で下っ端でやっていた方が力発揮しますってタイプのチームリーダーにはこっちが向いているかもしれません。

 

どうでしたか?最終的に伝えたいことをまとめました。

 

1、リーダーとマネージャーは別物。

2、リーダーには3つのスキルが大事。

3、右腕の存在は大事。

4、チームにあった運営を意識する。

 

これを機にチームのあり方、リーダとしてのあり方を見直してみたらいかがでしょうか?